男性脳と女性脳の違い?(ヒト脳オルガノイド)

ヒト脳の特徴を脳オルガノイドで調べる研究が進んでいます。この論文では男性ホルモンのアンドロゲンが皮質神経前駆細胞の分裂を増加すること示し、関連するシグナルを調べました。

“Androgens increase excitatory neurogenic potential in human brain organoids”
Iva Kelava et al., Nature. 2022 Feb;602(7895):112-116.
doi: 10.1038/s41586-021-04330-4. Epub 2022 Jan 19.

この論文で分かったこと

・性染色体の相補性は神経発生に観察可能な影響を及ぼさない。
・アンドロゲンが皮質前駆細胞の増殖を増加させる。
・アンドロゲンの効果ではヒストン脱アセチル化酵素活性とmTOR経路が作用している。
・アンドロゲンは興奮性神経前駆細胞のニューロン新生を特異的に増加させ、抑制性神経前駆細胞は増加しない

<技術/知識解説>
性ホルモンについて
dihydrotestosterone (DHT)は、アンドロゲン受容体(AR)の強力なアゴニストであり、テストステロンのように、アロマターゼによってエストロゲンに変換されない。
アンドロゲンが雄の第二次性徴の発達、エストロゲンが雌の第二次性徴の発達に作用する。
https://www.env.go.jp/chemi/end/endocrine/1guide/detail_a1-3.html

Single-cell RNA sequencing (scRNA-seq)について
以前の投稿参照。

<論文の流れ>
アンドロゲンは、basal progenitor(BP)を増加する
female (XX)と、male (XY)のiPS細胞ライン由来のオルガノイドで、違いは見受けられなかったため、性ホルモンによる分化の違いを調べた。XX,XY両方の脳オルガノイドで、DHTは、intermediate progenitor(興奮性皮質ニューロンに分化する)を増加させた。DHTは分裂マーカーKi67陽性細胞を増加させた。また、他のBPとして知られる、basal radial glia(bRG)の数も増加させた。

Radial glia(RG)の分裂を増加する
まばらにウイルスで感染標識する実験を行うことで、DHTがRGのクローンサイズを増加させることが分かった。DHTのパルス添加実験により、DHTの効果は一時的であることが分かった。アンドロゲン受容体(AR)は、次第に発現が低下するが、DHTを添加することによって、ARの発現が維持された。ARの活性化変異体(AR-V7)を発現させると、細胞分裂が増加した。一方で、エストロゲン受容体ERαの活性化変異体(Y537S)では、細胞分裂は活性化されなかった。

アンドロゲンが引き起こす遺伝子発現変化
RNAシークエンスにより、アンドロゲンによって増加する遺伝子を65種類、減少する遺伝子を51種類同定した。増加した遺伝子には、神経発生に関わるもの(HDAC2, HDAC3, YBX1,EML1)、テストステロンをDHTに変換するSRD5A1が含まれていた。遺伝子群は、ASD(MCM4, PHB1)と、schizophrenia (VPS13C (also known as PARK23), SELENBP1, GABBR1, SPTLC2)に関連していた。Gene ontology(GO)解析では、brain size,developmental disorders,chromatin and histone deacetylase (HDAC) activityが抽出された。Single-cell RNA sequencing (scRNA-seq)により、6つのクラスターが分類された。radial glia dividing (divRG); basal radial glia (bRG);(RG1)with high levels of ribosomal biogenesis transcripts but low mitochondrial
counts;(RG2)expressing extracellular matrix factors, growth factor receptors and maturation markers;IP/N
(intermediate progenitors and neurons)。Pseudotime解析により、RG1からRG2さらにIP/Nに分化する方向が想定された。DHT添加により、RG1、bRGのクラスターが増加することが分かった。

HDACの下流が神経分化に影響している
scRNA-seqにより、DHTでHDAC1,HDAC3の発現が増加しており、bRGでは、HDAC2が発現増加していることが分かった。
そのため、HDAC阻害剤である、valproic acid (VPA)を添加することにより、DHT効果への影響を確認した。VPAは、ventricular zoneのVentricleを小さくし、神経を増加させた。ventricular zoneも薄くなっている。IPも減少している。VPAに加えて、DHTの添加により、これらが一部回復した。選択的なHDAC2/3阻害剤であるMI192、選択的なHDAC1/3阻害剤であるMS275を添加しても、VPAと同様の応答が確認された。

DHTとリボソーム生合成、mTORシグナル
DHT添加した脳オルガノイドにおいて、metabolic markers (ATP5F1E, ATP5ME, ATP5MK and NDUFA3)が上がっていたため、mTOR signallingの活性化が示唆された。また、mTOR関連遺伝子の発現が確認された。mTOR活性化により、S6 ribosomal proteinがリン酸化されることが知られており、DHT添加脳オルガノイドで確認すると、RGでphosphorylated S6 (pS6)が増加していた。

神経新生応答抑制について
脳オルガノイドを腹側化(Ventralize)すると、IPは、DHTで増加しなかった。また、テストステロンをDHTに変換するSRD5A1は、dorsal organoidsで発現しており、ventral organoidsでは、ほとんど見られなかった。
マウスのオルガノイドでは、DHTでなく、oestradiolが、IPを増加させる。

アンドロゲンは神経の数を増加させる
GO解析のデータは、brain sizeに関連しており、BPが増加していたが、神経の数は増えていなかった。そこで、DHTの添加を18日に限定し、その後DHTを抜いたところ、小さな違いではあるが有意な神経の増加を認めた。ここで増えているのは、later-born upper-layer neuronsであった。Growth curve modellingをすることで、実際のヒト個体の数をフィットさせると9.4%の増加と推定された。

せいたろう的論点

・男性、女性の脳オルガノイドの両方において、アンドロゲンの添加によりRG細胞分裂の増加が認められた。すなわち、脳のボリュームの性差が、遺伝的なものでなくホルモンで制御されている。
・脳の機能については、脳の部位の発達の性差がある可能性が示唆されているが、これについてアンドロゲンがどのように関わっているかについては興味深い。この実験から、ラット、マウスとは違う可能性がある。
・DHT添加の下流シグナルとして、HDAC、mTORシグナルが同定されたが、自閉症(ASD)、統合失調症(Schizophrenia)とどのように関連しているかについては今後の課題。他にアルツハイマー型認知症に性差がある話もあるので、その関連も気になるところ。
・今回の実験では、興奮性ニューロン(Excitatory)の増加が認められたが、抑制性ニューロン(Inhibitory)の増加は見られなかった。いわゆる、E/Iバランスについて、性差があるかもしれない。

これまで、ヒトの脳の男女差の生物学的基盤を解明することは困難であった。形態学的差異で、最も顕著なものはサイズであり、男性は女性よりも平均して脳が大きいことが知られている。しかし、この差異がどのようにして生じるのか、そのメカニズムはまだわかっていない。私たちは、脳オルガノイドを使って、性染色体の相補性は神経発生に観察可能な影響を及ぼさないが、性ステロイド、特にアンドロゲンが皮質前駆細胞の増殖を増加させ、神経発生プールを増加させることを明らかにした。

トランスクリプトーム解析と機能研究により、ヒストン脱アセチル化酵素活性とmTOR経路が作用していることが分かった。最後に、アンドロゲンは興奮性神経前駆細胞のニューロン新生を特異的に増加させるが、抑制性神経前駆細胞は増加しないことがわかった。これらの知見は、興奮性神経細胞の数を調節する上でアンドロゲンが果たす役割を明らかにし、ヒトにおける脳の性差の起源を理解するための一歩となるものである。

Iva Kelava et al., Nature. 2022

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