ヒト涙腺を作る(ヒトオルガノイド)

今回は、ヒトの涙腺を作ったという論文を紹介します。培養ディッシュ上で涙腺を解析できるようになり、ドライアイなどで困っている人に新しい治療を提供できるかもしれませんね。

“Generation of 3D lacrimal gland organoids from human pluripotent stem cells”
Ryuhei Hayashi et al., Nature volume 605, pages126–131 (2022)
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04613-4
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04613-4

この論文で分かったこと

・iPS細胞分化でSEAM法を適用することによって涙腺様の細胞群ができる
・細胞を単離し、特定条件下で培養すると、涙腺様の3次元構造ができる
・遺伝子発現解析から、眼表面上皮幹細胞から涙腺様に分化する
・ヒト涙腺様組織を涙腺を除去したラットに移植すると涙液タンパク質を産生する

<技術/知識解説>
涙腺について
涙の効用については、基本的には、細菌、紫外線などから眼表面を防御するバリアだが、角膜細胞へ栄養供給する役割もある。涙腺は、眼表面への刺激、刺激物の嗅覚・味覚刺激、感情の昂りなどにより涙を分泌するが、そのメカニズムについては未解明な部分も多い。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%99%E8%85%BA

Sjögren’s syndrome(シェーグレン症候群)
自己免疫疾患の一つで、唾液腺、涙腺など様々な外分泌腺が炎症、障害され、乾燥症を引き起こす。自分の組織を障害する、自己抗体が出現する。
https://www.nanbyou.or.jp/entry/267

Single-cell RNA sequencing (scRNA-seq)
以前の投稿参照。

<論文の流れ>
SEAM法による涙腺様原基の産生
a self-formed,ectodermal, autonomous, multi-zone (SEAM)法、を大阪大学のグループが開発している。これにより眼球周辺組織を培養ディッシュで産生することができる(。。。)。この方法で8週間分化培養を行うと、2次元の同心円状に1~4の層構造ができ、内側から、神経節細胞塊(Zone1)、網膜色素上皮塊(Zone2)、レンズ・角膜上皮細胞塊(Zone3)、表皮角化細胞塊(Zone4)に分化するが、涙腺様細胞は、PAX6,p63共陽性のZone3に分化後10週で見られた。この細胞は涙腺細胞マーカーである、CD44, SOX9, AQP5、一部の細胞はHTN1を発現していた。
Zone3にある、これらの細胞をマニュアルで単離し、epidermal growth factor (EGF), keratinocyte
growth factor (KGF), fibroblast growth factor 10 (FGF10), bone morphogenetic
protein 7 (BMP7), Y-27632を含む培地で3次元マトリゲル培養したところ、Day4で萌芽が形成し、Day15からDay39の間に複数のブランチをもつ涙腺様組織オルガノイドを形成した。

涙腺様原基のソーティング
この涙腺様細胞の細胞特性を調べるために、各種上皮細胞の表面抗原で染色し、フローサイトメトリーを使って解析したところ、未分化iPS細胞と神経外胚葉のマーカーであるCD200は、90%で陰性であった。一方で、眼表面上皮幹細胞マーカーのITGB4、SSEA-4が60%で陽性であった。さらに、CD200−/ ITGB4+/SSEA-4+の細胞を3次元培養したところ、この細胞群のみで涙腺組織様のブランチが出現したことから、この眼表面上皮幹細胞が涙腺形成をしていることが示唆された。

涙腺オルガノイド形成
さらの涙腺オルガノイド形成の培養条件を調べると、(1) EGF, Y-27632, KGF, FGF10 and BMP7;または(2) EGF and Y-27632 (EGF/Y-27632 medium)のみで、ブランチが形成された。すなわち、(2)の培養条件で充分であった。この時の分化マーカーはCD44・SOX9で、AQP5は斑点状に腺房細胞で染色された。涙腺形成に関わる転写因子としては、PAX6, SOX9, BARX2が発現しており、RUNX1, SIX2, FGFR2IIIbは、涙腺の分化培養において一過的に発現上昇し、その後低下する。涙腺様前駆細胞は、細胞分裂マーカーMKI67や、
epithelial-mesenchymal transition(EMT)マーカーのVIM、FN1を発現していた。これらのマーカーはDay20で低下した。この時期はAQP5(Aquaporin)、LCN2(Lipocalin)、DEFB1(Defensin)の発現上昇と合致していた。さらに、水・イオンの交換機能を示す、Swelling assaysを行ったところ、Forskolin(cAMP上昇を起こす)に対する応答を示した。これらのデータはこの涙腺オルガノイドの機能成熟を示している。

涙腺様前駆細胞の起源
涙腺オルガノイド形成を形態で見ていくと、平板なコロニーより、ドーム状コロニーでより効率よくオルガノイドが形成されることがわかった。このドーム状コロニーの遺伝子発現を調べると、涙腺発達に関連したBARX2, SIX2, SOX9 and KRT15が良く発現していることがわかった。免疫染色においてもBARX2タンパク質が確認された。BARX2は、SEAM法分化の初期(8週)で発現し、後期(12-14週)では低下する。そこで、BARX2をshort interfering RNA (siRNA) でノックダウンしたところ、房の萌芽と分枝が抑制された。

涙腺オルガノイドの移植実験
涙腺オルガノイドは、涙腺を完全および一部取り除いたラットの組織に移植された。移植後4週では、ヒト涙腺様細胞は組織の中で内腔構造を形成した。これらの組織は、基底側でAQP5を発現し、SOX9, CD44を発現していたことから、細胞の極性が表れており、移植後2週で管状構造を形成しはじめ、4週では、より明らかになった。移植組織では、一部Lactoferrin陽性細胞がみられた(In vitroでは見られなかった)。移植された涙腺オルガノイドでは、ヒトLactoferrin、Lysozymeタンパク質レベルが上昇していることがわかった。これらのタンパク質レベルは、涙腺の部分切除のラットの方が、高いことがわかったことから、移植部分の微小環境が涙腺オルガノイドの機能成熟に関わっている可能性がある。Lactoferrin産生は、未切除のラット涙腺組織の産生量の半分に達した。涙腺オルガノイドのLYZ(Lysozyme遺伝子)、LTF(Lactoferrin遺伝子)遺伝子発現は、移植することによって3000倍に上昇する。CD44、AQP5の遺伝子発現も上昇した。
これらの移植データは、Sjögren’s syndromeに対する再生医療の可能性を示唆する。また、このオルガノイドは他の分泌腺疾患研究のプラットフォームとして活用できる。

せいたろう的論点

涙腺形成が局所で自律的にされることに驚いた。
>自律的にできている部分と、移植実験で見られたように組織から制御を受けている部分があると思われる。
他の臓器での形成メカニズムとの比較
>消化器官など他の臓器の分泌腺でも、共通する形成シグナルなどがあるのだろうか?
疾患との関係
>Sjögren’s syndromでは、他の分泌腺も炎症を起こすようで、同じタンパク質を免疫細胞がターゲットしている可能性はあるだろうか?

涙腺は、目の主要な外分泌腺である。涙腺は、眼窩内、上まぶたの裏側、両眼の側頭部に位置し、涙液の主成分である涙液を分泌する。我々は、ヒト多能性幹細胞から培養した2次元眼球様オルガノイドにおいて、涙腺原基の特徴を持つ細胞を同定した。この細胞は、セルソーティングにより単離され、特定の条件下で培養すると、出芽と分岐により、管と棘を有する3次元の涙腺様組織オルガノイドを形成する。クローンコロニー解析の結果、このオルガノイドは眼表面上皮の幹細胞に由来することがわかった。このオルガノイドは、その形態、免疫標識特性、遺伝子発現パターンから、本来の涙腺と顕著な類似性を示し、ラットの目に移植すると機能的に成熟し、内腔を形成し、涙液タンパク質を産生するようになった。

Ryuhei Hayashi et al., Nature. 2022

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