認知制御トレーニング(CCT)で学習効率が増強する?(マウス)

認知制御トレーニング(CCT)というのは、認知行動療法の一部で、気が散るものを無視して関連する情報を判断的に利用するトレーニングだそうです。このトレーニングにより、学習効果が促進し、全体の脳機能が改善するということが言われていましたが、神経基盤については不明であったとのことです。今回の論文では、CCTによってなぜ学習効率が上昇するかについて、関係する神経回路を明らかにしました。

“Cognitive control persistently enhances hippocampal information processing”
Ain Chung et al., Nature. 2021 |Article Published: 10 November 2021
https://www.nature.com/articles/s41586-021-04070-5

この論文で分かったこと

・認知制御トレーニング(CCT)により、マウスは効率よく条件付場所回避を学習し、記憶することができた。
・CCTによる学習効率増強は数週間持続した。
・CCTは、内嗅覚皮質からの入力に対する歯状回の反応を抑制し、また学習時には、この抑制を解除することで、反応を増強し、全体的なS/N(≒信号の伝達効率)を向上させる。

<技術解説>
場所ニューロン(Place cell)について
海馬のCA1野には、特定の場所に応答する神経細胞が存在し、この組み合わせによって私たちは空間を認識していると考えられています。(発見者O’keefe博士は2014年ノーベル賞)https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%A0%B4%E6%89%80%E7%B4%B0%E8%83%9E

カルシウムイメージング(GCaMP6f)
これまでも、何回か紹介しました。蛍光強度で細胞内のカルシウム濃度を調べることができます。脳にレンズ(GRIN lens)を装着して生きたまま神経細胞の活動を調べることができます。
アデノ随伴ウイルス(AAV)を使って神経細胞にGCaMP6fを発現させる、最近ではおなじみの手法です。

field excitatory postsynaptic potential (fEPSP)計測
まず、神経細胞内は、細胞外に対して、-70mVくらいに電位差を持っていて、これを膜電位と言います。細胞内外のイオン濃度差でできるのですが、色々な刺激に対してタンパク質のチャネル(穴)が空くことで、膜電位が0mVに近づきます(脱分極)。これが神経活動の本質で、細長い神経の軸索をこの電位(Potential)変化が伝わります。そして先端にあるシナプス(前シナプス)までこの電位変化が受け渡されて、カルシウムシグナルを介して、シナプス小胞の神経伝達物質(例えばグルタミン酸)が放出され、次の細胞の受け手の後シナプス(Postsynapse)で受容体のチャネルが開いて膜電位変化が伝わります。この刺激が興奮性(Excitatory)の時、Postsynapseの膜電位変化を、Excitatory postsynaptic potential(EPSP)と言います。電極を使った計測でこのような膜電位の変化を計測することができます。

学習と長期増強(Long term potentiation: LTP)について
私たちが学習(Learning)するときに、神経ネットワークでは、シナプスの伝達効率が変わっていると考えられています(シナプス可塑性)。実際に脳内でもそのような現象が見られていて、例えば海馬標本では、シナプスの伝達効率が長期間上がる、実際の計測としてはEPSPが増加する、長期増強、LTPという現象があります。この仕組みは、グルタミン酸受容体のNMDA受容体の活性化や、同じくグルタミン酸受容体のAMPA受容体の膜移行で起こることが知られています。逆に、長期間効率が下がる、Long term depression, LTDも知られています。

<論文の流れ>
認知制御トレーニング(CCT)は、その後の学習を促進する
この研究では、マウスを円盤の台に乗せて、円盤の床の一部分に電気ショック(痛い)を仕掛けて、侵入してはいけない場所を学習させる(タイトル画像参照)。このとき円盤の模様を回転させ、(模様でなく)場所に関連させて学習させる。これがCognitive control training (CCT)群で、次に、床に浅い水を張ることで、円盤の模様を見えなくして、場所だけを学習させるPlace learning(PL)群、電気ショックを与えないで学習をさせない spatial exploration (SE)群を作り、その後、電気ショックの場所と円盤の模様を変えて同様の学習を比較した。すると、CCT群では、PL群、SE群と比較して、早く効率よく学習をすることが分かった。
さらに、CCT、PL、SEを行った後に、T迷路でどちらかに電気ショックが仕掛けられている学習を行ったところ、CCT群では、他よりも効率よく学習が獲得された。

CCTは嗅内野-歯状回の機能を変化させる
CCTによる神経基盤変化を調べるために、場所の学習に関連すると考えられる、海馬歯状回(DG)とCA1野へ入力する medial perforant path (MPP) に刺激電極、 dorsal hippocampus somatodendritic axisに32チャンネルの多点電極アレイを仕掛け、フィールドポテンシャルとして全体の神経活動を記録した。
すると、CCTによって、suprapyramidal DG (supraDG)において、MPPを刺激したときのfield excitatory postsynaptic potential (fEPSP)のスロープが減少した。PL群、SE群では変化が見られなかった。この変化はCCT開始2時間で見られ、少なくとも60日間持続した。異なるCCTを2回行っても、機能変化の増加は起こらなかった。このことから、プロセスによる変化と言うより、内容に依存した記憶であると考えられる。

CCTは嗅内野-歯状回の抑制を変化させる
先行研究で、(1) DG介在ニューロンは、主要細胞の活動を制御する、(2) CCTは、DGの興奮性顆粒細胞と抑制ニューロンの結合を増強する、(3) CCTは、Schaffer collateralのGABA感受性シナプス増強を引き起こす、ということが知られている。これらの情報から、GABA陽性細胞にチャネルロドプシンを発現させ、MPP刺激の5ミリ秒前に光を照射し神経活動を抑えたところ、CCTによるMPP抑制を良く似たsupraDGの応答をとることができた。このことから、CCTはMPPからの入力をGABA抑制ニューロンにより長期的に抑制すると考えられる。
さらに、急性の脳スライス標本を作製して詳細な電気生理実験を行い、GABA陽性の光による抑制を短くしたところ、CCT群においては、GABAの抑制により、fEPSPは増加した。

せいたろう的論点

そもそもCCTの学習って人で考えると一体何にあたるのか?
>学生の時に、音楽を聴きながら勉強する友人がいて、私が「音楽聴きながらで気が散らないの?」と聞くと、彼曰く、「音楽が聞こえなくなる時が集中できている」と言っていたのを思い出しました。ひょっとしてその集中するトレーニングは記憶力の向上に良いのかも知れませんね。
最後のGABAによる抑制がタイミングで違うことの解釈は難しい。
>本文で、”CCT globally increases inhibition of supraDG in the freely behaving mouse, it also disinhibits MPP inputs to supraDG.”と行っているとおり、結果に矛盾があるように思える。彼らはタイミングにより制御が違うというところで落としているが、本当の構造がまだハッキリ見えない。

気が散るものを無視して関連する情報を判断的に利用する認知制御を用いた学習は、明示的な記憶を形成する以上に、一般的に脳機能を向上させることができるだろうか?いくつかの認知行動療法が有効であることを示す神経可塑性仮説によれば、認知制御トレーニング(CCT)は神経回路の情報処理を変化させる。ここでは、CCTが海馬の神経回路機能を持続的に変化させるかどうかを調べた。その結果、マウスはCCT中に条件付場所回避を学習し、記憶することができた。CCTは、無条件の対照マウスや、気を散らさずに同じ場所を避けた対照マウスと比較して、新規環境での新しい課題の学習を数週間にわたって促進した。CCTは、内嗅皮質から歯状回へのシナプス回路の機能を急速に変化させ、その結果、興奮性-抑制性の下位回路の変化が数か月にわたって持続することがわかった。CCTは、内嗅覚皮質からの入力に対する歯状回の反応を抑制し、また抑制を解除することで、強い入力に対する反応を増強し、全体的なS/Nの向上を示す。これらの神経生物学的知見は、項目と事象の関連性を記憶するだけでなく、CCTが神経回路の情報処理を持続的に最適化するという神経可塑性仮説を支持するものである。

Ain Chung et al., Nature. 2021

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