カフェインの長期摂取で、学習効率上がる?(マウス)

よくコーヒーを飲みながら仕事をしたりしますが、この論文では、眠気覚ましとは別に学習効果が上がるという可能性を示唆しています。マウスでの話ですが。

“Caffeine intake exerts dual genome-wide effects on hippocampal
metabolism and learning-dependent transcription”
Isabel Paiva et al., J Clin Invest. 2022.
https://doi.org/10.1172/JCI149371.

この論文で分かったこと

・マウスの慢性カフェイン摂取モデルでChIP-seqすると、ヒストンアセチル化を低下させる傾向にあることがわかった。
・マウスの慢性カフェイン摂取モデルでメタボローム解析すると、代謝物を低下させる傾向にあることがわかった。
・マウスの慢性カフェイン摂取モデルでプロテオーム解析すると、減少するものと増加するものがあり、ミトコンドリア代謝関連が減少、シナプス可塑性に関わるものが増加した。
・マウスの慢性カフェイン摂取モデルを、神経特異的にCUT&Tag解析をすると、ヒストンアセチル化(H3K27ac)、メチル化(H3K27me3)のパターンがみられた。H3K27acが上がったものは、シナプス可塑性関連など、H3K27me3で上がったものは、イオン輸送プロセスなど。
・マウスの慢性カフェイン摂取モデルにモリス水迷路で学習させたものを、遺伝子発現、ヒストンアセチル化(H3K27ac)解析をすると、学習に関連する遺伝子が活性化した。

<技術/知識解説>

・カフェインの生理的な作用について
カフェインはアデノシン受容体の拮抗阻害作用がある。
脳内のアデノシン受容体は、ドーパミン神経系のシナプスの後ニューロンに発現しており、アデノシン受容体にアデノシンが結合すると、ドーパミン受容体が不活性化され、シナプスでのドーパミンによる刺激伝達が抑制される。カフェインは、この作用を抑えることから、ドーパミン刺激の抑制を阻害(つまり活性化)することで、覚醒すると考えられている。一般に、カフェインの健康への影響は、逆ベル型の用量反応曲線を描き、1日200-400 mgの用量で効果が観察される(本文より)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/hazard_chem/caffeine.html

・エピジェネティクスについて
以前の投稿参照。

・RNA sequencing (RNA-seq)
以前の投稿参照。

・Cleavage Under Targets and Tagmentation (CUT&Tag) approach
クロマチンタンパク質などに結合する抗体に結合するA-Tn5 transposase融合タンパク質を用いることによって、少数の細胞数で、エピジェネティクスを調べることができる。
https://www.nature.com/articles/s41467-019-09982-5

・モリス水迷路課題
よく記憶学習の定量方法として使われる。円形の不透明な水のプールにマウスを落として、足の着くプラットフォームを見つけさせる課題を行う。この時に、視覚的な手掛かりを置くことにより、位置を認識させる。何回か試験行うことによりマウスは場所を覚えて、プラットフォームへの到着時間が短くなる。
http://www.sophia-scientific.co.jp/animal-behavior-research/applications/research-on-rodents/water-maze-set/

<論文の流れ>
・カフェイン慢性摂取は海馬の代謝関連遺伝子のヒストンアセチル化を低下させる

カフェインを投与したマウスの海馬でのエピゲノムを調べると、特にH3K27acで変化が観察され、2105のゲノム領域(1766遺伝子)で減少し、4つのゲノム領域で増加した。H3K27ac減少領域は、ミエリン関連プロセス、MAPキナーゼ、カルシウムを介したシグナル伝達経路の負の調節、およびヘテロクロマチン組織に関わる領域と有意に関連していた。
特定された遺伝子群をKyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(KEGG)パスウェイ解析により分析すると、cAMP、MAPキナーゼ、Rap1シグナル伝達経路、概日リズムの同調に関連するものが同定された。例えば、インスリンシグナルと関連するスパインの成熟とシナプス可塑性に必要なインスリン受容体基質1(Irs1)遺伝子とグリコーゲン合成酵素3β(Gsk3b)遺伝子のゲノム領域が同定された。
さらに統合パスウェイ解析(IPA)を適用すると、インスリンやIGF-1シグナルなどの代謝経路がカフェイン処理により低下することが確認された。
アセチル化が低下した遺伝子の上流シグナルとして、TCF7L2 (Transcription factor 7-like 2)、ADORA2A (A2AR)が同定された。
また、RNAシークエンスにより、H3K27acが減少した遺伝子座に対応する遺伝子発現の相対定量すると、全体的に発現が低下していた。PBX Homeobox 1 (Pbx1), NAD Kinase 2 (Nadk2), Spindle And Centriole Associated Protein 1 (Spice1) は、慢性(2週間)だけでなく急性(24時間)カフェイン処理でも発現低下が見られた。

・カフェイン慢性摂取が海馬のメタボロームに与える影響
MALDI(matrix assisted laser desorption ionization)質量分析イメージング解析で、代謝物を網羅的に観察することができる。カフェインを投与したマウスを背側海馬から観察すると、カフェイン慢性摂取により、代謝物および脂質レベルが大きく減少した。(92%減少 vs. 8%増加)

・カフェイン慢性摂取に伴う海馬のプロテオームシグナル

カフェインは179のタンパク質に変化をもたらし、そのうち49は発現レベルが低下し、130は発現レベルが上昇した。特に、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iの構築に関与するNADH:Ubiquinone Oxidoreductase Subunit A3(NDUFA3)、ミトコンドリアへのピルビン酸輸送に関与するミトコンドリアピルビン酸キャリア1(MPC1)、脂質代謝に関わる長鎖脂肪酸-CoA Ligase 4(ACSL4)の減少がみられた。また、シナプスの組織化やシグナル伝達、特に化学的なシナプス伝達に関連するタンパク質がアノテーションされており、シナプス後部におけるグルタミン酸神経伝達の足場として重要なタンパク質である、SH3 And Multiple Ankyrin Repeat Domains 3(SHANK3)、シナプス後部のアクチン細胞骨格の一部である、シナプトポジン(SYNPO)、海馬の可塑性と記憶に関与するCREB-Regulated Transcription Coactivator 1(CRTC1)などがみられた。カフェイン慢性摂取により増加した130個のタンパク質のうち、SHANK3やシナプトポジン(SYNPO)を含む57個のタンパク質はカフェイン離脱2週間後に元に戻ったが、他の73個のタンパク質は持続的な増加を維持した。

・シナプス伝達関連遺伝子の神経細胞特異的なH3K27acは、カフェインの慢性的な摂取により増加する。

次に、ChIP-seqの代わりに、より少ない細胞数で高解像度のプロファイリングを可能にする新しい酵素テザリング戦略、Cleavage Under Targets and Tagmentation (CUT&Tag) approachを用いた。ここでは、ヒストン抑制バージョンであるヒストン3リジン27のトリメチル化(H3K27me3)を調べた。

カフェイン処理マウスから得られた神経細胞では、H3K27acに富む領域が7127個(FDR<10E-6)、減少した領域の数(4343個、FDR<10E-6)と比較して圧倒的に多かった。増加した領域関連遺伝子は、シナプス可塑性、活動電位、LTP、記憶の制御に関わるシナプス区画に強く関連していた(DAVID: GO cellular component、GREAT: GO Biological process)。

また、神経細胞におけるH3K27me3領域関連遺伝子は、ほとんどがカルシウムやカリウム輸送などのイオン輸送プロセス、ならびに化学シナプス伝達や学習と関連していた。

最後に、神経細胞特異的エピゲノムデータとプロテオームデータを統合すると、カフェインによって増加した130個のタンパク質のうち28個がそのコード配列で有意なH3K27acの濃縮を示し、そのほとんどがシナプス、特にグルタミン酸シナプスに関連することがわかった。例えば、カルシウム結合タンパク質膜関連ホスファチジルイノシトール転送タンパク質3(Pitpnm3)、興奮性シナプスで樹状突起スパインを制御するPSD-95相互作用タンパク質であるTetratricopeptide Repeat, Ankyrin Repeat and Coiled-Coil Containing 1(Tanc1)。CREB Regulated Transcription Coactivator 1 (Crtc1)は、神経活動時にCREB標的遺伝子を効率的に誘導し、活動量に依存した転写を行うために必要な分子であるが、これを効率的に誘導するために必要なCREB制御転写活性化因子1(Crtc1)など。

・カフェインの慢性摂取は学習依存性の海馬の転写を促進する。

学習条件として、海馬依存性の課題であるモリス水迷路課題を用いた空間記憶の3日間トレーニングを行った。カフェイン処理動物は、水処理マウスに比べ、Thigmotaxic zoneにいる時間が有意に少なかった。
次に、「ホームケージ」と「学習」条件(3日間のトレーニング+1時間)の両方で、海馬背部のRNA配列(RNA-seq)実験を行った(n=4/群)。水投与群では学習により209遺伝子の発現が有意に変化した(発現低下47、発現上昇162)のに対し、カフェイン投与群では学習により発現が変化した遺伝子は約5倍の1139個(発現低下419、発現上昇720)だった。カフェイン処理では、水処理マウスと比較して、学習に対する転写経路の重要度が増加した。また、カフェイン処理は、金属イオン結合やトランスフェラーゼ/リガーゼ/キナーゼ活性に関連する他の経路の活性化も促進した。これらの中で、海馬の神経発生と認知の重要な調節因子であるVegfaおよびアセチルCoA合成酵素コーディング遺伝子Acss1(その関連ファミリーメンバーAcss2はヒストンのアセチル化と海馬依存記憶を調節する)を特定した。
カフェイン処理動物における学習によって上昇した720の遺伝子を調べると、そのうちの121は安静時状態では、脱アセチル化(H3K27ac ChIP-seq)されていたことがわかった。

これらのデータを総合すると、カフェインが、バルク組織(おそらく非神経細胞)の代謝遺伝子のヒストンアセチル化プロファイルを再設定する役割を果たし、学習条件(代謝的支援が最も必要なとき)により遺伝子発現が強く誘導されることを示唆している。

せいたろう的論点

・カフェインのどの作用でエピジェネティクスが変化するのか?
>一般的なカフェインの生理作用とエピジェネティクスの関係が不明。より特異的な阻害剤などでどうなるかを調べたら良かった。
・モリス水迷路は学習モデルとして適切か?
>この学習モデルは、運動をしながらなので、我々がイメージする、いわゆる座学の学習と少し違うかも。アメフト、野球など、考えながらのスポーツには適用できそう。
・CUT&TagとChIP-seqの違いをどう解釈するか?
>前半のChIP-seqデータと、CUT&Tagのデータがかなりくい違っていて謎。神経特異的だからということで押し切っている感。グリアなど非神経でどうなっているかが重要と思う。

カフェインは、世界で最も消費されている精神活性物質です。しかし、カフェインの常用に伴う分子経路は不明です。我々は、アンターゲット・オートゴナル・オミクスを用いて、マウスの海馬における習慣的(慢性的)なカフェイン摂取に関連するメカニズムに取り組みました。その結果、カフェインが海馬において、エピゲノム、プロテオミック、メタボロミクスレベルで協調的に多面的な作用を及ぼすことが明らかになりました。カフェインは、組織全体の代謝関連プロセスを低下させる一方で、シナプス伝達/可塑性関連遺伝子において神経細胞特異的なエピジェネティック変化を誘発し、経験駆動型の転写活性を増加させることが明らかになりました。これらの知見から、カフェインの定期的な摂取は、神経回路における学習時の情報処理の顕著性を高める一方で、代謝系遺伝子の微調整を通じて、情報コード化時の信号対雑音(S/N)比を一部改善することが示唆されました。

Isabel Paiva et al., J Clin Invest. 2022.

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